livedoor メディア事業部長 田端氏

もの凄くわかりやすい文章で感動すら覚えました

社内に対しても社外に対してもlivedoorのメディア事業がターゲットとするユーザーが非常に明確になったことでしょう。

某社の会長もいってましたが、ブログを書くというのはでかいですね。

社外に向けて書いているようで、実は社内に対しての影響も大きいわけで。

何でしょうこの私のブログは(笑)。

2歳児、29時間後に無事発見

子供が出来てから、子供がひどい目にあったり辛い目にあったりするニュースがもう不憫で仕方なかったりしているのですが、今回は無事発見されたということ。

2歳っていったらうちの下の子と同い年だからな。
ご両親がどれだけ心配したか。。。想像したらむねが痛くなります。
しかし本当に良かったね。

http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY200808270207.html

口パクユニット

弊社にはアイドル部という部があり、私とS本というディレクターが部員なのですが、このS本からいろいろなアイドルについての報告があがってきます。

先日も「口パク前提で歌を歌うアイドルがいるんですよ」という報告を受けました。

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SEOのやり方おさらい

最近ではSEOの大流行というのもいったん落ち着いた感じもしますが、逆に言えばSEOの市場がこなれて来たとも言えます。
手法も有る程度固まってきて居るようなので、この辺りで一度おさらいをしてみたいと思います。

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規格外

今、新宿地下道に特大の深津絵里ポスター広告がはってあります。

深津絵里は可愛いのですが、私のアイドルカテゴライズでは分類不能すなわち、理解できない可愛さでして、社員との昼食時にかわすアイドル論でも、評論の言葉に詰まります。

例えば、熊田曜子は肉食獣系とか、モデルのSHIHOは神仏系とかあるんですが、深津嬢は規格外。例えようがない。

なお勘違いして頂きたくないが、私は深津嬢がすきなわけじゃない。

熱弁の割にまったく中身のない文章で恐縮です。

夏休み完了

夏休み終わりました。

仕事も含めたスケジュールをほぼ完璧にこなした。

今年の墓参りは良かった。

いつか爺さんの墓を綺麗に直してやりたいと思う。

墓はこのあたり。地図には寺とかの名前も載ってないな。

明日から夏休み

私は明日から一週間夏休みを頂いております!

孫に会わせろという両親のリクエストに応え、実家に長めに帰省します。

実家では、海に行ったり、花火を見に行ったり、墓参りに行ったりする予定です。

あとは、うまいもんくって酒飲んで寝て鋭気を養います。

休むときは休むという徹底した自己管理を続けてきましたが、今年は失敗して、残念ながら実家で仕事をしないとダメっぽいです。

連絡は随時取れますので、ご用の方メールなりなんなりどうぞ~。

タモさんの弔辞

赤塚不二夫氏の葬儀でタモさんが弔辞を読みました。

なぜかしら泣けてきます。感動した。

8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。

 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。

 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないなら、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。

しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。

 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。

 私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。平成20年8月7日、森田一義