雑記

努力と成長の関係性を考えた

年末年始で帰省しまして、PCからも離れてしまって時間があったので、家族と過ごしたりお酒を飲んだりしながらボーっとしていました。

ふと、自分は成長するためになにか努力しているんだろうか?
という疑問がわきまして、いろいろと考えを巡らせてみました。

自分はなんだかんだ確実に毎年成長しているという自負がありますが、なにかを心に決めて、やりたくないのにやり続けているってことは無いなあと。
興味の赴くまま、思うまま動いて、その結果少しずつかもしれないけど成長できているという風には思ってます。

  • しらべる
  • 考える
  • 実行する
  • 反省する

仕事や趣味の流れの中で、上記のプロセスを繰り返す中で成長が出来ていることは感じています。

しかしそれでいいのかな、と思ったわけです。
「自分はこういうのが足りないからこれを努力せねばならない!」っていう事をした方が良いのじゃないだろうかと。

それで、努力と成長にはどんな関係があるのか、自分なりに考えて認識してみたくなりました。

しばらく考えて、

  • 英語なんかのスキル等はやることが明確でわかっているから、頑張れば身につくから努力しやすい。
  • 新しい事業を立ち上げて軌道に乗せるぞ!っていうのは、何をやればいいのかさっぱりわからないところからスタートするから、努力する方向性がわかりにくい。
  • 自分では努力と思ってないことが他人からみたらすごい努力なことがあったりする(イチロー選手のトレーニングとか)。
  • 仕事上での努力っていうのはピンとこない。目標に到達するまでの流れの中で発生した問題を解決し続けるだけなので。
  • 努力うんぬんではなくて、仕事で失敗することは成長につながる。
  • 身についているスキルや知識次第で、選択する努力の方向性にバリエーションがでるように思った。
  • しかし、やりたくないことをやって努力や苦労をすれば成長するっていうもんでもないような気がした。

いろいろ考えて、努力と成長というものにはいくつかパターンがあるように思いました。

  1. 明確なスキル(英語とか)を習得すると決めて、努力して習得することで成長する
  2. 本人は努力していると思っていないのに、流れの中で自然と成長している
  3. 本人はすごい努力していると思っているのに、何にも成長できていない
  4. 何かを達成するために、意識して具体的に努力して自分のレベルを上げていくという成長をすることはかなり難しい

多分こんな感じなんだろうなと。
明確に意識して成長できることにはおそらく限界があるか、自分が知っている自身の成長がまだ浅いからできないか、どちらかなんだろうと思います。

特に自分は、4のパターンの努力と成長が非常に難しいと思ったわけです。
これは主に会社での目標に当てはまります。

スキルを取得するということでない目標、たとえば会社を上場させるためにはとか、売り上げを倍にするためには、とかいう目標を達成するために、自分が何をどのように成長すればいいのか、ということを具体的に目標だてることがうまくできないからです。

もちろんそれには、めんどくさいなぁとかいう邪念があったりもしますし、会社の売上をあげるのに自分はどういうことができるようになったらいいんだ?ということを理論立てて考えることが難しかったりという事もあるのだと思います。

 

突然流れをぶった切りますが、書いていて1つ気づきました。

ぼくが難しいと感じていることは、ぼく個人だけの目標でないから、ぼく個人の努力と成長だけでどうにかなることではないようです。
なので、今後は自分だけが成長してもだめっぽいです。

組織をどのように成長させることで達成できるのか、という思考を取る必要があると感じました。

「我々にはこれが足りないから、これを補えるよう、○○さんに成長してもらおう!」
という発想になりますね。

今年は自分の成長もそうですが、まわりの成長という事もしっかり気にかけて、自分を客観視したうえで、だれが何の努力をしたらいいのか、というところまで理解して話せるようになっていこうと思いました。
そうすればきっと、仲間がすべきことを考えるのと同じように、自分がすべき事がわかる(割り当てることができる)気がしました。

 

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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